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こそあれ。こどのゝ得させ給へり」との給ふを、僧都の君〈隆円〉の「それはりうゑんにたうべ。おのれがもとにめでたききん侍り。それにかへさせ給へ」と申し給ふを、きゝも入れ給はで猶こと事をのたまふに、いらへさせ奉らむとあまたたび聞え給ふに、なほ物のたまはねば、宮の御まへの「いなかへじとおぼいたる物を」とのたまはせけるが、いみじうをかしき事ぞ限なき。この御笛の名を僧都の君もえ知り給はざりければ唯うらめしとぞおぼしためる。これはしきの御ざうしにおはしましゝ時の事なり。うへの御まへにいなかへじといふ御笛のさふらふなり。御まへに侍ふものどもは琴も笛も皆珍らしき名つきてこそあれ。琵琶はげんじやう、ぼくば、ゐゝへ、〈二字てイ〉ゐけう、むみやうなど、又わごんなども、くちめ、鹽竈、二貫などぞ聞ゆ〈如元〉。すゐろう、こすゐろう、宇多の法師、くぎうち、はふたつ、なにくれと多く聞えしかど忘れにけり。宜陽殿の一の棚にといふことぐさは頭中將〈齊信歟〉こそし給ひしか。

うへの御局のみすの前にて、殿上人日ひと日、こと、笛吹き遊びくらして、まかで別るゝ程、まだ格子をまゐらぬに、おほとなぶらをさし出でたれば、とのあき〈とりいれイ〉たるがあらはなれば、琵琶の御ことをたゝざまにもたせ給へり。紅の御ぞのいふもよのつねなる。袿又はりたるもあまた奉りて、いと黑くつやゝかなる御琵琶に、御ぞの袖をうちかけて捕へさせ給へるめでたきに、そばより御ひたひのほど白くけざやかにて、僅に見えさせ給へるは譬ふべきかたなくめでたし。近く居給へる人にさし寄りて「なかば隱したりけむもえかうはあらざりけむかし。それはたゞ人にこそありけめ」といふを聞きて、心ちもなきを、わりなく分け入りてけい