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しうこそありけれ。ほどほどゑみぬべかりしに、左中將〈經房〉のいとつれなく知らず顏にて居給へりしを、かの君に見だにあはせばゑみぬべかりしにわびて、臺盤のうへにあやしきめのありしを、唯とりに取りてくひ紛らはしゝかば、ちうげんにあやしの食ひ物やと人も見けむかし。されどかしこうそれにてなむ申さずなりにし。笑ひなましかばふようぞかし。まことに知らぬなめりとおぼしたりしも、をかしうこそ」など語れば「更にな聞え給ひそ」などいとゞいひて日ごろ久しくなりぬ。夜いたく更けて門おどろおどろしくたゝけば、何のかく心もとなく遠からぬ程をたゝくらむと聞きて問はすれば、瀧口なりけり。左衞門〈則光〉の文とて文をもてきたり。皆ねたるに火ちかく取りよせて見れば「あすみどきやうのけちぐわんにて宰相中將の御物いみにこもり給へるに、妹のあり所申せと責めらるゝに、すぢなし更にえ隱し申すまじき。そことや聞かせ奉るべき。いかに。仰せに從はむ」とぞいひたる。返り事も書かでめを一寸ばかり紙につゝみてやりつ。さて後にきて「一夜責めて問はれて、すゞろなる所にゐてありき奉りて、まめやかにさいなむにいとからし。さてとかくも御かへりのなくてそゞろなるめのはしをつゝみて賜へりしかば、とりたがへたるにや」といふに、あやしのたがへものや、人のもとにさる物つゝみて贈る人やはある。いさゝかも心得ざりけると、見るがにくければ物もいはで硯のある紙のはしに、

 「かづきするあまのすみかはそこなりとゆめいふなとやめをくはせけむ」

とかきて出したれば「歌よませ給ひつるか。更に見侍らじ」とてあふぎかへしてにげていぬ。