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     ありがたきもの

しうとに譽めらるゝむこ、又しうとめに思はるゝ嫁の君、物よく拔くるしろがねの毛拔、しう譏らぬ人のずさ、つゆのくせかたはなくてかたち心ざまも勝れて、世にある程いさゝかのきずなき人。同じ所に住む人のかたみにはぢかはしいさゝかの隙なく用意したりと思ふが、つひに見えぬこそかたけれ。物語、集など書きうつす本に墨つけぬ事。よき草紙などはいみじく心して書けれどもかならずこそきたなげになるめれ。男も女も法師もちぎり深くて語らふ人の末まで中よき事かたし。つかひよきずんざ。かいねりうたせたるにあなめでたと見えておこす。うちの局はほそどのいみじうをかし。かみの小しとみあけたれば風いみじう吹き入りて夏もいとすゞし。冬は雪霰などの風にたぐひて入りたるもいとをかし。せばくてわらはべなどののぼり居たるもあしければ、屛風のうしろなどにかくしすゑたれば、こと所のやうに聲たかく笑ひなどもせでいとよし。晝などもたゆまず心づかひせらる。よるはたましていさゝかうちとくべくもなきが、いとをかしきなり。くつの音の夜ひと夜聞ゆるがとまりて唯および一つしてたゝくが、その人ななりとふと知るこそをかしけれ。いと久しくたゝくに音もせねばねいりにけるとや思ふらむ。ねたく少しうち身じろくおと、きぬのけはひもさななりと思ふらむかし。扇などつかふもしるし。冬は火桶にやをら立つる火箸の音も忍びたれど聞ゆるを、いとゞたゝきまさり聲にてもいふに、かげながらすべりよりて聞くをりもあり。又あまたの聲にて詩をずじ歌などうたふにはたゝかねどまづあけたれば、こゝへとしも