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し」などいはれてうち歎くけしきも、げにあかず物うきにしもあらむかしと覺ゆ。指貫なども居ながら着もやらず、まづさしよりてよひと夜いひつることの殘りを女の耳にいひ入れ、何わざすとなけれど帶などをばゆふやうなりかし。格子あけ、妻戶あるところはやがてもろともに出で行き、晝の程のおぼつかなからむ事などもいひいでにすべり出でなむは、見送られて名殘もをかしかりぬべし。なごりも出所あり。いときはやかに起きてひろめきたちて指貫の腰つよくひきゆひ、直衣、うへのきぬ、狩衣も袖かいまくり、よろづさし入れ、帶强くゆふにくし。明けて出でぬる所たてぬ人いとにくし。

     心ときめきするもの

雀のこがひ。ちごあそばする所の前わたりたる。よきたきものたきて一人臥したる。唐の鏡のすこしくらき見たる、よき男の車とゞめて物いひあないせさせたる。かしらあらひけさうじて、かうにしみたるきぬ着たる、殊に見る人なき所にても心のうちはなほをかし。待つ人などある夜、雨のあし風の吹きゆるがすもふとぞおどろかるゝ。

     すぎにしかたこひしきもの

枯れたる葵、ひゝなあそびのてうど。ふたあゐゑびぞめなどのさいでのおしへされて、さうしのなかにありけるを見つけたる。又をりから哀なりし人の文、雨などの降りてつれづれなる日さがし出でたる。こぞのかはほり、月のあかき夜。

     こゝろゆくもの