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のやうにかくな言ひ〈八字つらにこれなイ〉笑ひそ。いときすくなるものを、いとほしげに」とせいし給ふもをかし。ちゆうげんなるをりに、「大進物聞えむとあり」と人の吿ぐるを聞しめして、「又なでふこといひてわらはれむとならむ」と仰せらるゝもいとをかし。「ゆきて聞け」とのたまはすれば、わざと出でたれば「一夜の門のことを、中納言〈生昌兄惟仲〉に語り侍りしかばいみじう感じ申されて、いかでさるべからむをりに對面して申し承らむとなむ申されつる」とて又こともなし。一夜の事やいはむと心ときめきしつれど、「今しづかに御局にさぶらはむ」と辭していぬれば、歸り參りたるに、「さて何事ぞ」とのたまはすれば、申しつる事をさなむとまねび啓して、「わざとせうそこし呼び出づべきことにもあらぬを、おのづからしづかに局などにあらむにもいへかし」とて笑へば、「おのが心ちにかしこしとおもふ人の譽めたるを嬉しとや思ふとて吿げ知らするならむ」とのたまはする御氣色もいとをかし。

うへに侍ふ御猫はかうぶり給はりて、命婦のおとゞ〈おもとイ〉とていとをかしければ、かしづかせ給ふが、はしに出でたるを、乳母の馬の命婦「あなまさなや、入り給へ」とよぶに、きかで日のさしあたりたるにうちねぶりて居たるをおどすとて「おきなまろいづら。命婦のおとゞ〈おもとイ〉くへ」といふに、まことかとてしれもの走りかゝりたれば、おびえ惑ひてみすの內に入りぬ。あさがれひのまにうへはおはします。御覽じていみじう驚かせ給ふ。猫は御ふところに入れさせ給ひてをのこども召せば藏人忠隆參りたるに、「このおきなまろうちちようじて犬島につかはせ。唯今」と仰せらるればあつまりて狩りさわぐ。うまの命婦もさいなみて「乳母かへて