Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/122

このページは校正済みです

てあさまし〈うイ有〉、うち解けたる事多くてある所に、午の時ばかりに「おはしますおはします」とのゝしる。いとあわたゞしき心ちするに、這ひ入りたれば、怪しくわれかひとり〈かイ〉にもあらぬ〈さまイ有〉にて向ひゐれば、心ちもに〈さイ〉らなり。しばしありて臺など參りたれば少しくひなどして、日暮れぬと見ゆる程に、明日春日の祭なればみてぐら出し立つべかりければなど〈と脫歟〉てうるはしうひれさうぞき、ごぜんあまた引きつれ、おどろおどろしう追ひ散して〈出で脫歟〉らる。即ちこれかれさし集りて、いとあやしううち解けたりつる程に、「いかに御覽じつらむ」など、口々いとほしげなることをいふに、まして見苦しき事多かりつると思ふ心ちだに、身にうじはてられぬると覺えける。いかなるにかありけむ、このごろの日、照りみ曇りみ、いと春寒む〈か脫歟〉る年とおぼえたり。よるは月あかし。十二日雪こちかぜにたぐひて、散りま〈月以下二十字流布本無〉がふ。午時ばかりより雨になりて靜に降り暮すまゝ、〈にイ有〉從ひて世の中哀げなり。今日まで音なき人も、思ひしにたがはぬ心ちするを、今日より四日かの物忌にやあらむと思ふにぞ少しのどめたる。十七日雨のどやかに降るに、方ふたがりたりと思ふ事もあり。世の中哀に心ぼそく覺ゆる程に石山にをとゝし詣でたりしに、心細かりし夜な夜な、陀羅尼いと尊う讀みつゝ、らいだうにたゝずむ法師ありき。問ひしかば「こぞから山籠りして侍るなり。糓斷なり」などいひしかば「さらば祈せよ」と語らひし法師のもとよりいひおこせたるやう「いぬる五日の夜の夢に、御に〈まイ〉手に、月と日とを受け給ひて、月をば足の下に踏み、日をば胸にあてゝ抱き給ふとなむ見て侍る。これ夢ときに問はせ給へ」といひたり。いとうたておどろおどろしとおもふに、疑