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給へれば、濱づらに石のあるを御枕にて大殿ごもりたるに、いと近くあまの鹽燒く煙のたちのぼる心ぼそさ、げにいかにあはれにおぼされけむな。

  「旅の空夜はのけぶりとのぼりなばあまのもしほ火たくかとやみむ」。

かゝるほどに御驗もいみじうつかせ給ひて、中堂にのぼらせ給へる夜、驗くらべしけるを試みむとおぼしめして、御心のうちにねんじおはしましければ、護法つきたる法師おはします御屛風のつらに引きつけられてふつとうごきもせず。あまり久しくなれば、今はゆるさせ給ふをりぞつけつるを、僧どものがりをどりいぬるを早う院の御護法のひきとるにこそありけれと人々あはれに見奉る。それさることに侍り。驗もしなによることなればいみじきおこなひ人なりともいかでかなずらひ申さむ。前生の戒力に又國王位をすて給へる出家の御功德限なき御事にこそおはしますらめ。行く末までもさばかりにならせ給ひなむ御心には懈怠せさせ給ふべき事かはな。それにいと怪しくならせ給ひし、御心あやまちも唯御物怪のし奉りぬるにこそは侍るめりしか。中にも冷泉院の南の院におはしましゝ時、燒亡ありし夜、御とぶらひに參らせ給へりしあり樣こそふしぎにさぶらひしか。御親の院は御車にて二條町しもの辻に立たせ給へり。この院は御馬にて頂にかゞみ納れたる笠頭光に奉りて、「いづこにか坐しますいづこにか坐します」と御手づから人每に尋ね申させ給へば、「そこそこになむ」と聞かせ給ひて、おはしまし所へ近くおりさせ給ひぬ。御馬の鞭かひなにいれて御車の前に御袖うちあはせて、いみじうつきづきしう居させ給へりしは、さる事やは侍りしとよ。