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なじ都にありと聞く程は吹きかふ風のたよりにも、さすがこととふなぐさめのありつるを、遂にさるべき事とは人のうへを見聞くにつけても思ひまうけながら、猶今はと聞く心ちたとへむかたなし。この春きみの都別れたまひしに、そこらつきぬと思ひし淚もげにのこりありけりと今一しほ身も流れいでぬべくおぼゆ。中納言はものにもがなやとくやしうはしたなき事のみぞそこにはちゞにくだくめれど、めゝしう人に見えじと思ひかへしつゝ、つれなくつくりて思ひ入らぬさまなり。去年の冬頃あまたきこえし歌の中に、

  「ながらへて身はいたづらに初霜のおくかたしらぬ世にもふるかな。

   今ははやいかになりぬるうき身ぞとおなじ世にだにとふ人もなし」。

佐々木の佐渡判官入道伴ひてぞ下りける。逢阪の關にて、

  「かへるべき時しなければこれやこのゆくをかぎりのあふさかの關」。

かしは原といふ所にしばしやすらひて、あづかりの入道まづあづまへ人を遣したる返事待つなるべし。その程物語などなさけなさけしううちいひかはして「何事もしかるべき前の世のむくいに侍るべし。御身一つにしもあらぬ身なれば、ましてかひなきわざにこそ、かくたけき家に生れて弓箭とるわざにかゝづらひ侍るのみうきものに侍りけれ」などまほならねどほのめかすに心えはてられぬ。隱岐の御送をもつかうまつりしものなれば、御道すがらの事など語り出でゝ、「かたじけなういみじうも侍りしかな。まして朝夕近う仕うまつりなれ給ひけむ御心どもさながらなむ推し量り聞えさせ侍りし〈きイ〉。何事も昔に及びめでたうおはし