Page:Kokubun taikan 07.pdf/722

このページは校正済みです

てそれも都へ入らせ給ひて、佐々木判官時信といふものゝ家にわたり給ひぬ。つれづれと物おぼしみだるゝより外の事なし。

  「世のうさを空にもしるや神無月ことわりすぎてふるしぐれかな」。

この御子は藤大納言爲世のうまごにてものし給へばかの家に常はすみ給ひしほどに大納言の末のむすめ大納言の典侍と聞ゆるに御覽じつきてその御腹に姬宮などいできたまへり。又中宮の御匣殿は、宮の御せうとの右のおとゞ公顯と聞えし御むすめなり。その御腹にも男みこなど坐します。思ふまゝなる世をも待ちいで給はゞと誰も行く末たのもしく思ひ聞えつるに、かくおもひの外にあさましき事の出できぬるを深う思ひなげく人々かずしらず。御匣殿はうせ給ひしかばこの頃はたゞこの典侍の君をのみまたなきものにおぼしかはしつるに、吹きかふ風もま近きほどにはおはすれど御對面はおもひもよらず。おぼつかなさの慰むばかりなる御消息などに通ふこともかなはぬ御ありさまを哀にいぶせくおぼしむすぼゝれたり。ひとつ御腹の座主の法親王も長井のたかひろとかやいふものあづかりたてまつりぬ。「御門遠くうつらせ給はむほど、この御子達もおのがちりぢりになり給ふべし」など聞えけり。春宮は世をつゝしみて六波羅に渡らせ給ふ。先帝はあたのために同じ御やどり葦垣ばかりをへだてにておはしませば、ぬしなき院のうちいとさびしくて衞士のたく火もかげだに見えず。內にはいつしかけしかるものなどすみつきて或時は紅の袴長やかにふみたれて火ともしたる女、見るまゝに丈は軒とひとしくなりて後にはかきけち失するもあり。又いみじ