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きほど何のあやめも見えわかで、妻戶をはづして人のけしき見ゆれば何となくいぶかしき心ちし給ひて中門の廊にのぼり給へれば、例のなれたる事にて、をかしきほどの童女房あゆみいでゝけしきばかりを聞ゆるを、おとゞはおぼえなきものからをかしとおぼしてしりにつきて入り給ふほどに、宮も何心なくうちむかひ聞え給へるに、おとゞもこはいかにとはおぼせど何くれとつきづきしう日頃の志ありつるよし聞えなし給ひて、いと淺ましう一かたならぬ御思ひ加はり給ひにける。大納言はこの宮をさしてかくまゐり給ひけるに、例ならず男の車よりおるゝ氣色見えければ、あるやうあらむとおぼして御隨身一人「そのわたりにさりげなくてをあれ」とて留めて歸り給ひにけり。男君はいと思ひの外に心おこらぬ御旅寢なれど、人の御氣色を見たまふもありつる大納言の車などおぼしあはせて、いかにもこの宮にやうあるなめりと心え給ふに、いとすきずきしきわざなり、よしなしとおぼせばふかさで出で給ひにける。殘し置き給へりし隨身このやうよく見てければ「しかじか」と聞えけるに、いと心うしとおぼえて、日頃もかゝるにこそはありけめ、いとをこがましう、かのおとゞの心の中もいかにぞやとかたがたにおぼし亂れて、かきたえ久しく音づれ給はぬをもこの宮にはかう殘りなく見顯されけむともしろしめさねば、あやしながら過ぎもて行く程に、たゞならぬ御氣色にさへ惱み給ふをも大納言殿は一すぢにしもおぼされねば、いと心やましう思ひきこえ給ひけるぞわりなき。されどもさすがおぼしわく事やありけむ、その御程の事どもゝいとねんごろにとぶらひ聞えさせ給ひけり。異御腹の姬宮をさへ御子になどし給ふ。御そ