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ゝのつかさをしたがへ給へりしそのほど、吹く風の草木の靡かすよりまされる御ありさまにて、遠きをあはれみ近きをなで給ふ御惠、雨のあしよりもしげゝれば、津の國のこやにひまなきまつり事をきこしめすにも、難波の葦のみだれざらむ事をおぼしき。はこやの山の峯の松もやうやう枝をつらねて千世に八千代をかさね、霞の洞の御すまひ、いく春を經ても空ゆく月日のかぎりしらず、のどけくおはしましぬべかりける世を、ありありてよしなき一ふしに、今はかく花のみやこをさへたちわかれ、おのがちりぢりにさすらへ、いそのとまやに軒を並べて、おのづからこととふものとては浦につりするあま小舟、鹽燒くけぶりのなびく方をも我がふる里のしるべにかとばかりながめ過させ給ふ。御すまひどもはそれまでと月日をかぎりたらむだに、あすしらね世の後めたさにいと心ぼそかるべし。まいていつをはてとかめぐり逢ふべきかぎりだになく、雲の浪けぶりの波の〈イ無〉いくへともしらぬさかひに世をつくし給ふべき御さまども口をしといふもおろかなり。このおはします所は人ばなれ里遠き島の中なり。海づらよりは少しひき入りて山かげにかたそへて、大きやかなるいはほのそばだてるをたよりにて、松の柱に葦ふける廊などけしきばかりことそぎたり。まことに柴のいほりのたゞしばしと、かりそめに見えたる御やどりなれど、さる方になまめかしくゆゑづきてしなさせ給へり。水無瀨殿おぼしいづるも夢のやうになむ。はるばると見やらるゝ海の眺望、二千里の外ものこりなき心ちするいまさらめきたり。鹽風のいとこちたく吹きくるを聞しめして、