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ずこの恩を報いむ」といひき。をのこのいはく「何事にて恩を報ゆべきぞ」といひき。いかづち答へていはく「汝に子を設けさせて、かれにて恩をむくいむ。われにくすの木の船を造りて水を入れて竹の葉をうかべて速に與へよ」といひしかば、このをのこ、いかづちのいふが如くにして與へつ。いかづちこれをえて、即ち空へのぼりにき。その後をのこごを設けてき。生れし時にくちなはその首をまとひて、尾頭うなじの方にさがれりき。力世にすぐれたり。年十餘になりて方八尺の石をやすく投げき。このわらは元興寺の僧につかへしほどに、その寺のかねつき堂に鬼ありて夜ごとに鐘つく人を食ひ殺すを、この童「鬼の人を殺す事をとゞめてむ」といひしかば、寺の僧ども悅びて速に留むべきよしをすゝめき。その夜になりて、童鐘撞堂にのぼりて鐘をうつ程に、例の如く鬼きたれり。童鬼の髮にとりつきぬ。鬼は外へひき出さむとし、童は內へひき入れむとする程に夜たゞ明けに明けなむとす。鬼しわびてかうぎはを放ち落して逃げさりぬ。夜明けて血をたづねてもとめ侍りしかば、その寺の傍なる塚のもとにてなむ血とまり侍りにし。昔心あしかりし人を埋めりし所なり。その人鬼になりたりけるとぞ人々申しあひたりし。その後鬼人を殺す事侍らざりき。鬼の髮は寶藏にをさめていまだ侍るめり。この童をとこになりてなほこの寺に侍りき。寺の田をつくりて水をまかせむとせしに、人々さまたげて水を入れさせざりしかば、十餘人ばかりして擔ひつべき程のすきがらを作りてみな口にたてたりしを、人々ぬきて捨てたりしかば、この男又五百人してひく石をとりてこと人の田のみな口におきて水を寺田に入れしかば、人々おぢ恐れてその