Page:Kokubun taikan 07.pdf/200

このページは校正済みです

五月ばかり郭公をきこしめして、女院、

  「ひとことを君につげなむほとゝぎすこのさみだれはやみにまどふと」。

このおほんおもひに源中納言顯基の君す家し給ひて後、女院に申したまへりし、

  「身をすてゝ宿をいでにし身なれどもなほこひしきはむかしなりけり」。

御かへし、

  「時のまもこひしきことのなぐさまば世はふたゝびもそむかれなまし」。

その時は、かやうなる事多く聞え侍りしかど、かずかず申すべきならず。後朱雀院位に即かせたまうて、さはいへど華やかにめでたく世にもてなされて、しばしこそあれ。一宮の方に居させ給ふ一品宮、后に立たせ給ふ。後三條院生れさせ給ひにしかば、さればこそ〈如元〉昔の夢は空しかりけりや。なからむ末傳へさせ給ふべき君におはしますとぞ世繼申されし。今后弘徽殿におはしまし、春宮梅壺におはしまして、先帝の一品の宮、春宮にまゐらせたまひて藤壺におはしまして女院入らせ給ひて、ひとつにおほしたてまつらせ給へる宮達、いづれとも覺束なからず見奉らせ給ふめでたさに、故院のおはしまさぬなげき盡せず思しめしたりけり。關白殿に養ひ奉らせたまひし故式部卿の宮の姬君、うちにまゐらせ給ひて、弘徽殿におはしますべしとて、かねてきさいの宮いでさせ給ひしこそ、いかに安からず思しめすらむと世の人なやみ申しゝか。あすまかでさせ給はむとてうへにのぼらせ給ひて、御門いかゞ申させ給ひけむ、宮、