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う、霜ふかき曉におのがきぬぎぬも、ひやゝかになりたる心地して御馬に乘り給ふ程引き返すやうにあさましけれど、御供の人々いと戯れにくしと思ひて、たゞいそがしにいそがし出づれば、我にもあらで出で給ひぬ。この五位二人なむ御馬の口には侍ひける。さかしき山ごえはてゝぞ、おのおの馬には乘る。汀の氷を踏みならす馬の足音さへ心ぼそくものがなし。昔もこの道にのみこそは、かゝる山ぶみはし給ひしかば、怪しかりける里の契かなとおぼす。二條院におはしまし着きて、女君のいと心憂かりし御物かくしもつらければ、心安き方に大殿籠りぬるに寢られ給はず、いとさびしきに物思ひまされば、心弱く對に渡り給ひぬ。何心もなく、いと淸げにておはす。珍しくをかしと見給ひし人よりも、又これは猶ありがたきさまはし給へりかしと、見給ふものから、いとよく似たるを思ひ出で給ふも胸ふたがれば、痛く物おぼしたるさまにて、み帳に入りて大殿ごもる。女君もゐて入り聞え給ひて、「心ちこそいと惡しけれ。いかならむとするにかと心ぼそくなむある。まろはいみじく哀と見おい奉るとも、御ありさまはいとゝくかはりなむかし。人のほいは必ずかなふなれば」とのたまふ。けしからぬことをも、まめやかにさへのたまふかなと思ひて、「かう聞きにくきことの漏り聞えたらば、いかやうに聞えなしたるにかと人も思ひより給はむこそあさましけれ、心憂き身には、すゞろなることも、いとくるしく」とて背き給へり。宮もまめだち給ひて、「誠につらしと思ひ聞ゆることもあらむは、いかゞおぼさるべき。まろは御ためにはおろかなる人かは。人もありがたしなど咎むるまでこそあれ。人にはこよなう思ひおとし給ふべかめり。