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ては、こよなかるべき程の人を、たぐひなくおぼさるゝ程なれば、まだ知らずをかしとのみ見給ふ。女はまた大將殿をいときよげに、又かゝる人あらむやと見しかど、こまやかに匂ひ淸らなることは、こよなくおはしけりと見る。硯ひきよせて、手習などし給ふ。いとをかしげに書きすさび、繪などを見所多く書き給へれば、若き心地には思ひもうつりぬべし。「心よりほかに得見ざらむほどは、これを見たまへよ」とて、いとをかしげなるをとこをんな、諸共にそひ臥したるかたを書き給ひて、「常にかくてあらばや」などのたまふも、なみだおちぬ。

 「長き夜をたのめてもなほ悲しきはたゞあす知らぬ命なりけり。いとかう思ふこそゆゝしけれ。心に身をも更に得まかせず、萬にたばからむほど誠に死ぬべくなむ覺ゆる。つらかりし御有樣を、なかなか何に尋ねけむ」などのたまふ。女ぬらし給へる筆をとりて、

 「心をばなげかざらまし命のみさだめなき世と思はましかば」とあるを、かはらむをばうらめしう思ふべかりけりと見給ふにも、いとらうたし。いかなる人の心がはりを見ならひてなどほゝゑみて、大將のこゝに渡しそめ給ひけむほどを返すがへすゆかしがり給ひて問ひ給ふを、苦しがりてえいはぬことを、かうのたまふこそとうちゑじたるさまも若びたり。おのづからそれは聞き出でむとおぼすものから、いはせまほしきぞわりなきや。夜さり京へ遣しつる大夫參りて右近に逢ひたり。「后の宮よりも御使參りて、左のおとゞもむつかり聞えさせ給ひて人に知らさせ給はぬ御ありきは、いとかるがるしくなめげなることもあるを、すべて內などに聞しめさむことも身のためなむいとからきと、いみじく申させ給ひけり。東山にひ