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まも見ざらむは死ぬべしとおぼしこがるゝ人を、志深しとは、かゝるをいふにやあらむと思ひ知らるゝにも怪しかりける身かな。誰も物の聞えあらば、いかにおぼさむと、まづかのうへの御心を思ひ出で聞ゆれど、知らぬを、「返すがへすいと心うし。猶あらむまゝにのたまへ。いみじきげすといふとも、いよいよ哀なるべき」と、わりなう問ひ給へど、そのいらへは絕えてせず。ことことはいとをかしく、けぢかきさまにいらへ聞えなどして、なびきたるを、いと限なうらうたしとのみ見給ふ。日高くなる程に迎への人きたり。車二、馬なる人々の例の荒らかなる七八人、をのこどもおほく、しなじなしからぬけはひ、さへづりつゝ入りきたれば、人々片腹痛がりつゝ、「あなたにかくれよ」といはせなどす。右近、いかにせむ、殿なむおはするといひたらむに、京にさばかりの人のおはしおはせず、おのづから聞き通ひて、かくれなきこともこそあれと思ひて、この人々にもことにいひ合せず、返事かく。「よべより穢れさせ給ひて、いと口惜しき事をおぼし歎くめりしに、こよひ夢見さわがしく見えさせ給へれば、けふばかりつゝしませ給へとてなむ、物忌にて侍る。返すがへす口惜しく、物のさまたげのやうに見奉り侍る」と書きて、人々に物などくはせてやりつ。尼君にもけふは物忌にて渡り給はぬといはせたり。例はくらし難くのみ霞める山ぎはを眺め侘び給ふに、暮れ行くは侘しくのみおぼしいらるゝ人にひかれ奉りて、いとはかなう暮れぬ。まぎるゝことなく、のどけき春の日に見れども見れどもあかず、そのことぞと覺ゆるくまなく、愛ぎやうづきなつかしくをかしげなり。さるはかの對の御方には劣りたり。大殿の君の盛ににほひ給へるあたりに