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きこと、よその人にこそ劣らじともいかにとも思はめ。かの御事なかけてもいひそ。漏り聞ゆるやうもあらば片腹痛からむ」などいふ。何ばかりのしぞくにかはあらむ、いとよくも似通ひたるけはひかなと思ひくらぶるに、心恥しげにて、あてなる所はかれはいとこよなし。これはたゞらうたげに、こまかなる所ぞいとをかしき。よろしうなりあはぬ所を見つけたらむにてだに、さばかりゆかしとおぼししめたる人を、それと見てさて止み給ふべき御心ならねばましてくまもなく見給ふに、いかでかこれを我が物にはなすべきと、わりなくおぼし惑ひぬ。物へ行くべきなめり、親はあるべし。いかでこゝならで、又は尋ね逢ふべき。こよひの程にはまたいかゞすべきと心もそらになり給ひて、猶まもり給へば、右近「いとねぶたし。よべもすゞろに起き明してき。つとめての程にもこれは縫ひてむ。急がせ給ふとも御車は日たけてぞあらむ」といひて、しさしたるものどもとり具して几帳に打ち懸けなどしつゝ、うたゝねのさまに寄り臥しぬ。君も少し奧に入りて臥す。右近北おもてにいきて、暫しありてぞ來たる。君の跡近く臥しぬ。ねぶたしと思ひければ、いと疾う寢入りぬる氣色を見給ひて、又せむやうもなければ忍びやかにこの格子をたゝき給ふ。右近聞きつけて、「誰ぞ」といふ。こわづくり給へば、あてなるしはぶきと聞き知りて、殿のおはしたるにやと思ひて起きて出でたり。「まづこれあけよ」とのたまへば、「怪しう覺えなき程にも侍るかな。夜はいたう更けてはべらむものを」といふ。「物へ渡り給ふべかなりと仲信がいひつれば、驚かれつるまゝに出で立ちて、いとこそわりなかりつれ。まづ開けよ」とのたまふ聲、いとようまねび似せたまふ