Page:Kokubun taikan 02.pdf/49

このページは校正済みです

かへりぬ。桐壺の御方近づき給ひぬるにより正月朔日より、御ず法ふだんにせさせ給ふ。てらでらやしろやしろの御いのりはた數も知らず。おとゞの君ゆゝしきことを見給へてしかばかゝる程のことはいと恐しきものにおぼししみたるを、對の上などのさることし給はぬは口惜しくさうざうしきものから嬉しくおぼさるゝに、まだいとあえかなる御程にいかにおはせむとかねておぼしさわぐに、二月ばかりより怪しく御氣色かはりて惱み給ふに御心どもさわぐべし。おんみやうしどもゝ所をかへてつゝしみ給ふべく申しければ、外のさしはなれたらむは覺束なしとて、かの明石の御町の中の對に渡し奉り給ふ。此方は唯おほきなる對二つ、廊どもなむめぐりてありけるに御修法のだんひまなくぬりて、いみじきげんざども集ひてのゝしる。母君この時に我がすくせをも見ゆべきわざなめればいみじき心を盡し給ふ。かの大尼君も今はこよなきほけ人にてぞありけむかし。この御有樣を見奉るは夢の心地していつしかと參り近づきなれ奉る。年比この母君はかうそひさぶらひ給へど、昔のことなどまほにしも聞え知らせ給はざりけるを、この尼君喜びにえ堪へず、參りてはいと淚がちにふるめかしきことゞもをわなゝき出でつゝ語り聞ゆ。始つかたは怪しくむつかしき人かなと打ちまもり給ひしかど、かゝる人ありとばかりはほの聞き置き給へれば、なつかしくもてなし給へり。生れ給ひしほどのことおとゞの君のかの浦におはしましたりし有樣、今はとて京へ上り給ひしに誰も誰も心をまどはして、今はかぎりかばかりの契にこそはありけれと歎かしきを、若君のかくひきたすけ給へる御すくせのいみじく悲しきことゝほろほろと泣