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ゆゝしくぞ誰も誰もおぼすらむかし。辛うじてまかで給へり。姬宮のおはしますおとゞのひんがし面に御方はしつらひたり。明石の御方今は御身に添ひて出で入り給ふもあらまほしき御宿世なりかし。對の上こなたに渡りて對面し給ふついでに「姬宮にも中の戶あけて聞えむ。かねてよりもさやうに思ひしかど、序なきにはつゝましきをかゝる折に聞えなれば心安くなむあるべき」とおとゞに聞え給へばうちゑみて「思ふやうなる御語らひにこそはあなれ。いと幼げに物し給ふめるをうしろやすく敎へなし給へかし」とゆるし聞え給ふ。宮よりも明石の君の恥しげにてまじらはむをおぼせば御ぐしすましひきつくろひておはする。たぐひあらじと見え給へり。おとゞは宮の御方に渡り給ひて「夕がたかの對に侍る人のしげいさに對面せむとて出でたつついでに近づき聞えさせまほしげにものすめるを、ゆるしてかたらひ給へ。こゝろなどはいとよき人なり。まだわかわかしくて御あそびがたきにもつきなからずなむ」などきこえ給ふ。「はづかしうこそはあらめ。何事をか聞えむ」とおいらかにのたまふ。「人のいらへはことにしたがひてこそはおぼし出でめ。隔て置きてなもてなし給ひそ」とこまかにをしへ聞え給ふ。御中うるはしくて過し給へとおぼすあまりに、何ごゝろなき御ありさまを見顯されむも恥しく味氣なけれどさのたまはむを心隔てむもあいなしとおぼすなりけり。對にはかく出でたちなどしたまふものからわれよりかみの人やはあるべき、身のほどのものはかなきさまを見え置きたてまつりたるばかりこそあらめなど思ひつゞけられてうちながめ給ふ。手習などするにも、おのづからふることも物おもはしきすぢのみか