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ぼし出づるに、年月のつもりにける程もその折のことかきつゞけ哀におぼさる。中納言の君の見奉り送るとて妻戶押し開けたるに立ちかへり給ひて「この藤よいかに染めけむ色にか。猶えならぬ心添ふにほひにこそ。いかでこの影は立ち離るべき」とわりなくいでがてにおぼしやすらひたり。やまぎはよりさし出づる日の花やかなるにさしあひ、目も輝く心地する御さまのこよなくねび加はり給へる御けはひなどを珍しく程經ても見奉るはましてよのつねならず覺ゆれば、さる方にてもなどか見奉り過し給はざらむ、御宮仕にもかぎりありてきはことに離れ給ふこともなかりしを、故宮のよろづに心を盡し給ひ、よからぬ世のさわぎにかるがるしき御名さへ響きて、やみにしよなど思ひ出でらる。名殘おほく殘りぬらむ御物語のとぢめにはげに殘りあらせまほしきわざなめるを、御身を心にえ任せさせ給ふまじく、こゝらの人目もいと恐しくつゝましければ、やうやうさしあがり行くに心あわたゞしくて、廊のとに御車さしよせたる人々も忍びてこわづくり聞ゆ。人召してかの咲きかゝりたる花一枝折らせ給へり。

 「しづみしも忘れぬものをこりずまに身をなげつべきやどの藤波」。いといたくおぼし煩ひてよりゐ給へるを心ぐるしう見奉る。女君も今さらにいとつゝましくさまざまに思ひ亂れ給へるに花のかげは猶なつかしくて、

 「身をなげむふちもまことの淵ならでかけじやさらにこりずまの波」。いと若やかなる御ふるまひを心ながらも許さぬことにおぼしながら關守のかたからぬたゆみにや、いとよく