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のとはむこそいと恥しかるべけれ」と打ち歎き給ひつゝ猶更にあるまじきよしをのみ聞ゆ。いにしへわりなかりし世にだに心かはし給はぬことにしもあらざりしを、實に背き給ひぬる御ためうしろめたきやうにはあれど、あらざりしことにもあらねば今しもけざやかにきよまはりて立ちにし我が名今さらに取り返し給ふべきにやとおぼしおこして、このしのだの森を道のしるべにてまうで給ふ。女君には「東の院にものする常陸の君の日比煩ひて久しくなりにけるを物騷しきまぎれにとぶらはねばいとほしくてなむ。晝などけざやかにわたらむもびんなきを夜の間に忍びてとなむ思ひ侍る。人にもかくとも知らせじ」と聞え給ひていといたく心けさうし給ふを例はさしも見えぬあたりを、あやしと見給ひて思ひあはせ給ふこともあれど、姬宮の御事の後は何事もいと過ぎぬる方のやうにはあらず、少し隔つる心添ひて見知らぬやうにておはす。その日は寢殿へも渡り給はで御文書きかはし給ふ。たきものなどに心を入れて暮し給ふ。よひ過してむつまじき人の限四五人ばかり網代車のむかし覺えてやつれたるにて出で給ふ。和泉の守して御せうそこ聞え給ふ。かく渡りおはしましたるよしさゞめき聞ゆれば、驚き給ひて怪しくはいかやうに聞えたるにかとむつがり給へどをかしやかにて返し奉らむにいとびんなう侍らむとて、あながちに思ひめぐらして入れ奉る。御とぶらひなど聞え給ひて「唯こゝもとに物ごしにても、更に昔のあるまじき心などは殘らずなりにけるを」と、わりなく聞え給へばいたくなげくなげくゐざり出で給へり。さればよ猶けぢかさはとかつおぼさる。かたみにおぼろげならぬ御みじろきなればあはれも少