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りにこそおほうはありけれ、よその思ひはいとあらまほしき程なりかしとおぼすに、さしならびめかれず見奉り給へる年比よりも對の上の御ありさまぞ猶ありがたくわれながらもおほしたてけりとおぼす。一夜のほどあしたのまも戀しく覺束なくいとゞしき御志のまさるを、などかく覺ゆらむとゆゝしきまでなむ。院のみかどは月のうちにみ寺にうつろひ給ひぬ。この院に哀なる御せうそこども聞え給ふ。姬宮の御ことは更なり、煩はしくいかに聞く所やなど憚り給ふ事なくてともかくも唯御心にかけてもてなし給ふべくぞたびたび聞え給ひける。されど哀にうしろめたく幼くおはするを思ひ聞え給ひけり。紫の上にも御せうそこことにあり。「幼き人の心なきさまにてうつろひものすらむを、罪なくおぼし許して、後見給へ尋ね給ふべき故もやあらむとぞ。

  そむきにしこの世にのこる心こそいる山みちのほだしなりけれ。やみをえはるけで聞ゆるもをこがましくや」とあり。おとゞも見給ひて、「哀なる御せうそこをかしこまり聞え給へ」とて御使にも女房してかはらけさし出させ給ひてしひさせ給ふ。御返りはいかゞなど聞えにくゝおぼしたれどことごとしくおもしろかるべき折のことならねば、唯心をのべて、

 「背く世のうしろめたくはさりがたきほだしをしひてかけな離れそ」などやうにぞあめりし。女のさう束に細長添へてかづけ給ふ。御手などのいとめでたきを院御覽じて何事も恥しげなめるあたりに、いはけなくて見え給ふらむといと心苦しうおぼしたり。今はとて女御更衣達などおのがじゝ別れ給ふも哀なることなむ多かりける。ないしのかんの君は故きさ