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だれを少し短く卷き上げて人々居たり。簀子にいと寒げに身ほそくなえばめる童一人同じさまなるおとななど居たり。內なる人ひとりは柱に少し居かくれて琵琶を前に置きてばちを手まさぐりにしつゝ居たるに、雲がくれたりつる月の俄にいと明くさし出でたれば「扇ならでこれしても月はまねきつべかりけり」とてさしのぞきたる顏いみじくらうたげににほひやかなるべし。そひふしたる人は琴の上にかたぶきかゝりて「入る日をかへすばちこそありけれ。さまことにも思ひ及び給ふ御心かな」とてうち笑ひたるけはひ今少しおもりかによしづきたり。「及ばずともこれも月に離るゝものかは」など、はかなきことをうち解けのたまひかはしたる御けはひども、更によそに思ひやりしにはにず、いと哀になつかしうをかし。昔物語などに語り傳へて若き女房などの讀むをも聞くに、必ずかやうのことをいひたるさしもあらざりけむとにくゝおしはからるゝを、げに哀なるものゝくまあるべき世なりけりと心うつりぬべし。霧の深ければさやかに見ゆべくもあらず。又月さし出でなむと覺すほどに奧の方より「人坐す」と吿げ聞ゆる人やあらむ、簾垂おろして皆入りぬ。驚き顏にはあらずなごやかにもてなしてやをらかくれぬるけはひどもきぬの音もせず、いとなよゝかに心苦しうていみじうあてにみやびかなるを哀と思ひ給ふ。やをらたち出でゝ京に御車ゐて參るべく人走らせ給ひつ。ありつるさぶらひに折あしく參り侍りにけれどなかなかうれしく思ふこと少し慰めてなむ。「かくさぶらふよし聞えよ。いたうぬれにたるかごとも聞えさせむかし」とのたまへば參りてきこゆ。かく見えやしぬらむとはおぼしもよらでうちとけたりつる