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てとみにもえうち出で給はず。「げに思ひ給へ寄り難き序にかくまでの給はせ聞えさするも淺くはいかゞ」との給ふ。「哀にうけ給はる御有樣をかの過ぎ給ひにけむ御かはりにおぼしないてむや。いふがひなき程の齡にて睦まじかるべき人にも立ち後れ侍りにければ、怪しううきたるやうにて年月をこそ重ね侍れ。同じさまに物し給ふなるをたぐひになさせ給へといと聞えまほしきを、かゝる折もありがたくてなむ、おぼされむ所をも憚らずうちいで侍りぬる」と聞え給へば、「いと嬉しう思ひ給へぬべき御事ながらも、聞し召しひがめたる事などや侍らむとつゝましうなむ。あやしき身ひとつをたのもし人にする人なむ侍れど、いとまだいふがひなき程にて御覽じゆるさるゝ方も侍り難ければえなむうけ給はり留められざりける」との給ふ。「皆おぼつかなからずうけ給はるものを、ところせうおぼし憚らで思ひ給へ寄るさま異なる心の程を御覽ぜよ」と聞え給へど、いと似げなき事をさも知らでの給ふとおぼして心解けたる御いらへもなし。僧都おはしぬれば「よしかう聞えそめ侍りぬればいとたのもしうなむ」とて押し立て給ひつ。曉方になりにければ法華三昧行ふ堂の懺法の聲山おろしにつきて聞えくる、いとたふとく瀧の音に響きあひたり。

 「吹きまよふみ山おろしに夢さめて淚もよほす瀧のおとかな」。

 「さしくみに袖ぬらしける山水にすめる心はさわぎやはする。耳馴れ侍りにけりや」と聞え給ふ。明け行く空はいといたう霞みて山の鳥どもゝそこはかとなく囀りあひたり。名も知らぬ木草の花どもいろいろに散りまじり錦をしけると見ゆるに鹿のたゝずみありくもめづ