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か」とをさなかりつる行くへのなほ確に知らまほしくて問ひ給へば「なくなり侍りし程にこそ侍りしか。それも女にてぞ。それにつけてもの思ひの催しになむ齡の末に思ひ給へ歎き侍るめる」と聞え給ふ。さればよとおぼさる。「怪しき事なれどをさなき御後見におもほすべく聞え給ひてむや。思ふ心ありて行きかゝづらふ方も侍りながら、世に心のしまぬにやあらむ、ひとりずみにてのみなむ。まだ似げなき程と、常の人に覺しなずらへてはしたなくや」などの給へば「いと嬉しかるべき仰事なるをまだむげにいはけなき程に侍るめれば戯ぶれにても御覽じ難くや。そもそも女は人にもてなされておとなにもなり給ふものなれば、委しくはえとり申さず。かのおば北の方に語らひ侍りて聞えさせむ」とすくよかに言ひて物ごはきさまし給へれば、若き御心に恥しくてえよくも聞え給はず。「阿彌陀ぼとけものし給ふ堂にする事侍るころになむ。そやいまだ勤め侍らず。すぐしてさぶらはむ」とて昇り給ひぬ。君は心地もいとなやましきに、雨少しうちそゝぎ山風冷やかに吹きたるに瀧のよどみも增りて音高く聞ゆ。少しねぶたげなる讀經のたえだえすごく聞ゆるなどすゞろなる人も所からものあはれなり。ましておもほしめぐらす事多くてまどろまれ給はず。そやといひしかども夜もいたう更けにけり。內にも人の寢ぬけはひしるくて、いと忍びたれどずゞの脇息に引き鳴らさるゝ音ほの聞え、なつかしううちそよめく音なひあてはかなりと聞き給ひて、程もなく近ければとに立て渡したる屛風の中を少し引きあけて扇をならし給へば、「おぼえなき心地すべかめれど聞きしらぬやうにや」とてゐざり出づる人あなり。少ししぞきて「あやし。僻耳に