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ど聞え知らせ給ふ。我が御罪の程恐しうあぢきなきことに心をしめて生けるかぎりこれを思ひ惱むべきなめり。まして後の世のいみじかるべきをおぼし續けて、かやうなる住まひもせまほしう覺え給ふものから晝の俤心にかゝりて戀しければ「こゝにものし給ふは誰にか。尋ね聞えまほしき夢を見給へしかな。今日なむ思ひ合せつる」と聞え給へばうち笑ひて「うちつけなる御夢語にぞ侍るなる。尋ねさせ給ひても御心劣りせさせ給ひぬべし。故按察大納言は世になくて久しくなり侍りぬればえしろしめさじかし。その北の方なむなにがしが妹にはべる。かの按察隱れて後、世を背きて侍るが、このころ煩ふこと侍るによりかく京にもまかでねばたのもし所に籠りてものし侍るなり」と聞え給ふ。「かの大納言のみむすめ物し給ふと聞え給へしはすきずきしき方にはあらでまめやかに聞ゆるなり」とおしあてにの給へば「娘たゞ一人侍りし亡せてこの十よ年にやなり侍りぬらむ。故大納言は、うちに奉らむなどかしこういつき侍りしを、そのほ意の如くも物し侍らで過ぎ侍りにしかば、唯この尼君一人もてあつかひ侍りし程に、いかなる人のしわざにか、兵部卿の宮なむ忍びて語らひつき給へりけるを、もとの北の方やんごとなくなどして安からぬこと多くて、明暮物を思ひてなむなくなり侍りにし。物思ひに病ひづくものと目に近く見給へし」など申し給ふ。さらばその子なりけりと覺し合せつ。みこの御すぢにてかの人にも通ひ聞えたるにやといとゞ哀に見まほしく、人の程もあてにをかしうなかなかのさかしら心なくうち語らひて心のまゝに敎へおほし立てゝ見ばやと覺す。「いと哀に物し給ふことかな。それはとゞめ給ふかたみもなき