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てにしも持佛すゑ奉りて行ふ尼なりけり。簾垂少し上げて花奉るめり。中の柱に寄り居て脇息の上に經を置きていと惜しげに讀み居たる尼君たゞ人と見えず。四十ぢ餘にて、いと白くあでに瘦せたれどつらつきふくよかにまみのほど髮のうつくしげにそがれたる末もなかなか長きよりもこよなう今めかしきものかなとあはれに見たまふ。淸げなるおとな二人ばかり、さてはわらはべぞ出でいり給ふ。なかに十ばかりにやあらむと見えて白ききぬ山吹などのなれたる着て走り來たる女ご數多見えつる、こどもに似るべくもあらずいみじうおひ先見えて美くしげなるかたちなり。髮は扇をひろげたるやうにゆらゆらとして顏はいと赤くすりなして立てり。「何事ぞや。わらはべと腹だち給へるか」とて尼君の見上げたるに少し覺えたる所あれば、子なめりと見給ふ。「雀の子をいぬきがにがしつる。ふせごの中にこめたりつるものを」とていと口惜しと思へり。この居たるおとな「例の心なしのかゝるわざをしてさいなまるゝこそいと心づきなけれ。いづかたへか罷りぬる。いとをかしうやうやうなりつるものを、烏などもこそ見つくれ」とて立ちて行く。髮ゆるらかにいとながくめやすき人なめり。少納言の乳母とぞ人いふめるはこの子の後見なるべし。尼君「いであなをざなや。いふがひなうものし給ふかな。おのがかく今日明日になりぬる命をば何ともおぼしたらで雀慕ひ給ふほどよ。罪得ることぞと常に聞ゆるを心憂く」とて「こちや」といへばついゐたり。つらつきいとらうたげにて眉のわたりうちけぶりいはけなくかいやりたるひたひつきかんざしいみじううつくし。ねびゆかむさまゆかしき人かなと目とまり給ふ。さるは限なく心を盡し