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たまひつれど、車より落ちぬべう惑ひたまへば、「さは思ひつかし」と人々もて煩ひ聞ゆ。內より御使あり、三位の位贈りたまふよし勅使來てその宣命讀むなむ悲しき事なりける。女御とだにいはせずなりぬるが飽かず口惜しうおぼさるれば今ひときざみの位をだにと贈らせたまふなりけり。これにつけても憎みたまふ人々多かり。もの思ひ知りたまふは、さまかたちなどのめでたかりしこと心ばせのなだらかにめやすく憎み難かりしことなど今ぞおぼし出づる。さま惡しきおほんもてなし故こそすげなう猜みたまひしか、人がらの哀になさけありし御心をうへの女房なども戀ひ忍びあへり。なくてぞとは、かゝる折にやと見えたり。はかなく日頃過ぎて後のわざなどにも細かにとぶらはせたまふ。程經るまゝにせむ方なう悲しう覺さるゝにおほん方々の御とのゐなども絕えてしたまはずたゞ淚にひぢて明し暮させたまへば、見奉る人さへ露けき秋なり。「なきあとまで人の胸あくまじかりける人の御覺えかな」とぞ弘徽殿などには尙ゆるしなうのたまひける。一の宮を見奉らせたまふにも若宮のおほん戀しさのみおもほし出でつゝ、親しき女房御めのとなどを遣しつゝ有樣を聞しめす。

野分だちて俄にはだ寒き夕暮の程、常よりも覺し出づる事多くてゆげひの命婦といふを遣す。夕づく夜のをかしき程に出し立てさせたまうて、やがて詠めおはします。かうやうの折は御遊などせさせたまひしに、こゝろ異なるものゝ音を搔き鳴らし、はかなく聞え出づる言の葉も人よりは異なりしけはひかたちの、面影につとそひておぼさるゝも、やみのうつゝには尙劣りけり。命婦彼處にまかで着きて門ひき入るゝよりけはひ哀なり。やもめずみなれど、人