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う更けぬにこそは、歸り入りて探り給へば、女君はさながら臥して右近は傍にうつぶし臥したり。「こはなぞ。あなものぐるほしのものおぢや。荒れたる所は狐などやうの物の、人おびやかさむとてけおそろしう思はするならむ。まろあればさやうの物にはおどされじ」とて引き起し給ふ。「いとうたてみだり心地の惡しう侍ればうつぶし臥して侍るなり。おまへにこそわりなくおぼさるらめ」といへば、「そよ、などかうは」とてかい探り給ふに息もせず。引き動し給へどなよなよとして我にもあらぬさまなれば、いと痛くわかびたる人にて物に氣取られぬるなめりとせむかたなき心地し給ふ。しそくもて參れり。「右近も動くべきさまにもあらねば近き御几帳を引き寄せて「猶もて參れ」との給ふ。例ならぬことにて、おまへ近くもえ參らぬつゝましさに、なげしにもえのぼらず、「猶もてこや。所に從ひてこそ」とて召し寄せて見給へば、唯この枕がみに夢に見つる形したる女面影に見えてふと消え失せぬ。昔物語などにこそ斯る事はきけ」といと珍らかにむくつけゝれど、まづこの人はいかになりぬるぞとおもほす心騷に身の上も知られ給はず。添ひ臥して「やゝ」と驚かし給へど、たゞひえに冷え入りて息は疾く絕えはてにけり。いはむかたなし。たのもしくいかにと言ひふれ給ふべき人もなし。法師などをこそはかゝる方のたのもしきものには覺すべけれど、さこそ心强がり給へど若き御心地にていふがひなくなりぬるを見給ふに、遣る方なくてつと抱きて「あが君生き出で給へ。いみじきめな見せ給ひそ」との給へど、冷え入りたればけはひ物うくなり行く。右近は唯あなむづかしと思ひける心地皆醒めて泣き惑ふさまいといみじ。南殿の