Page:Kokubun taikan 01.pdf/64

このページは校正済みです

解け難かりし御氣色をおもむけ聞え給ひて後ひきかへしなのめならむはいとほしかし。されどよそなりし御心惑ひのやうにあながちなる事はなきもいかなる事にかと見えたり。女はいと物をあまりなるまで覺ししめたる御心ざまにて、齡の程も似げなく人の漏り聞かむに、いとゞかくつらき御よがれのねざめねざめ覺し萎るゝ事いとさまざまなり。霧のいと深きあしたいたくそゝのかされ給ひてねぶたげなる氣色にうち歎きつゝ出で給ふを、中將のおもと御格子一間上げて見奉り送り給へとおぼしく御几帳引きやりたれば、御ぐしもたげて見出し給へり。前栽のいろいろ亂れたるを過ぎがてにやすらひ給へる樣げにたぐひなし。廊の方へおはするに、中將の君御供に參る。しをん色の折にあひたるうすものゝ裳あざやかに引きゆひたる腰つきさはやかになまめきたり。見かへり給ひて隅の間の勾欄に暫し引きすゑ給へり。打ち解けたらぬもてなし、髮のさがりばめざましくもと見給ふ。

 「咲く花にうつるてふ名はつゝめども折らで過ぎうきけさの朝顏。いかゞすべき」とて手を捕へ給へればいと馴れて疾く、

 「朝霧のはれまもまたぬけしきにて花にこゝろをとめぬとぞ見る」とおほやけごとにぞきこえなす。をかしげなるさぶらひわらはの姿このましうことさらめきたる、さしぬきの裾露けゞに花の中にまじりて朝顏折りて參るほどなど繪に書かまほしげなり。大方にうち見奉る人だに心しめ奉らぬはなし。物の情知らぬやまがつも花の影には猶やすらはまほしきにや、この御光を見奉るあたりはほどほどにつけて我が悲しとおもふむすめを仕うまつら