Page:Kokubun taikan 01.pdf/61

このページは校正済みです

にまかりて、女なむわかく事好みて、はらからなど宮仕へ人にて來通ふと申す。くはしき事はしも人のえ知り侍らぬにやあらむ」と聞ゆ。「さらばその宮仕へ人なゝり。したり顏に物なれていへるかな」と、めざましかるべきはにやあらむと覺せど、さして聞えかゝれる心の憎からずすぐしがたきぞ、例のこのかたには重からぬ御心なめり〈る歟〉かし。御たゝう紙にいたうあらぬまに書きかへ給ひて、

 「よりてこそそれかとも見めたそがれにほのぼの見つる花のゆふがほ」ありつる御隨身してつかはす。「まだ見ぬおほんさまなりけれどいとしるく思ひあてられたまへる御そばめを見すぐさでさし驚かしけるを、御いらへもなく程經ければなまはしたなきに、かくわざとめかしければ、あまへていかに聞えむ」などいひしろふべかめれど、めざましと思ひて隨身は參りぬ。御さきのまつほのかにていと忍びて出で給ふ。はじとみはおろしてけり。ひまびまより見ゆる火の光螢よりけにほのかに哀なり。御志の所には木立前栽などなべての所に似ずいとのどかに心憎く住みなし給へり。うちとけぬ御有樣などの氣色異なるに、ありつる垣根思ほし出でらるべくもあらずかし。つとめて少し寢すぐし給ひて日さし出づる程に出で給ふ。朝げの御姿はげに人のめで聞えむもことわりなる御樣なりけり。今日もこの蔀の前わたりし給ふ。きし方も過ぎ給ひけむわたりなれど唯はかなき一節に御心とゞまりて、いかなる人のすみかならむとはゆきゝに御目とまり給ひけり。惟光日頃ありて參れり。「煩ひ侍る人猶よわげに侍ればとかく見給ひあつかひてなむ」など聞えて近く參り寄りて聞ゆ。「仰せ