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 「ふた葉よりなだゝるそのゝ菊なればあさき色わく露もなかりき。いかに心おかせ給へりけるにか」といと馴れて苦しがる。御勢まさりてかゝる御すまひも所せければ三條殿に渡り給ひぬ。少し荒れにたるをいとめでたくすりしなして、宮のおはしましゝ方を改めしつらひて住み給ふ。昔おぼえて哀に思ふさまなる御住まひなり。前栽どもなどちひさき木どもなりしもいと繁き蔭となり、ひとむら薄も心にまかせて亂れたりける。つくろはせ給ふ遣水のみ草も搔き改めていと心ゆきたる氣色なり。をかしき夕暮の程をふた所ながめ給ひてあさましかりし世の御をさなさの物語などし給ふに、戀しきことも多く人の思ひけむこともはづかしう女君はおぼし出づ。ふる人どものまかでちらずざうしざうしにさぶらひけるなどまうのぼり集まりていと嬉しと思ひあへり。男君、

 「なれこそは岩もるあるじ見し人のゆくへは知るや宿のましみず」。女君、

 「なき人はかげだに見えずつれなくて心をやれるいさらゐの水」などのたまふほどに、おとゞ內よりまかで給ひけるを、紅葉の色に驚されて渡り給へり。昔おはしまいし御有樣にもをさをさ變ることなく、あたりあたりいとおとなしくすまひ給へるさま、華やかなるを見給ふにつけてもいと物哀におぼさる。中納言も氣色ことに顏少し赤みていとゞしづまりてものし給ふ。あらまほしく美くしげなる御あはひなれど、女は又かゝるかたちのたぐひもなどかなからむと見え給へり。男はきはもなく淸らにおはす。ふる人どもゝ御まへに所えて神さ