Page:Kokubun taikan 01.pdf/589

このページは校正済みです

ならぬ御心よせなり。この御方にも世に知られたる親ざまにはまづ思ひ聞え給ふべければ、さりともおぼしゆづりけり。夏の御方の時々にはなやぎ給ふまじきも、宰相のものし給へばと皆とりどりにうしろめたからず覺しなり行く。

明けむ年よそぢになり給ふべければ御賀のことをおほやけよりはじめ奉りておほきなる世のいそぎなり。その秋太上天皇になずらふる御位得給ひてみふくはゝりつかさかうぶりなど皆添ひ給ふ。かゝらでも世の御心にかなはぬことなけれど、猶珍しかりつる昔の例を改めて院つかさどもなどなり。さまいつくしくなり添ひ給へば、內に參り給ふべきこと難かるべきをぞかつはおぼしける。かくても猶飽かず帝はおぼして世の中を憚りて位を讓り聞え給はぬことをなむ朝夕の御なげきぐさなりける。內大臣あがり給ひて宰相中將、中納言になり給ひぬ。御喜に出で給ふ。ひかりいとゞまさり給へるさま、かたちより始めて飽かぬことなきを、あるじのおとゞもなかなか人におされすさまじき宮仕へよりはとおぼしなほる。女君の大夫のめのと六位すぐせとつぶやきしゐのことものの折々におぼし出でければ、菊のいとおもしろくてうつろひたるをたまはせて、

 「あさみどりわか葉の菊をつゆにてもこき紫の色とかけきや。からかりしをりのひとことばこそ忘られね」といと匂ひやかにほゝゑみて賜へり。恥かしういとほしきものからうつくしう見奉る。