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 「うつせみのはにおく露のこがくれてしのびしのびにぬるゝ袖かな」


夕顏

六條わたりの御しのびありきの頃、うちよりまかで給ふ中やどりに、大貳のめのといたく煩ひて尼になりにけるとぶらはむとて、五條なる家尋ねておはしたり。御車入るべき門はさしたりければ、人して惟光召させて待たせ給ひけるほど、むつかしげなる大路のさまを見渡し給へるに、この家の傍に檜垣といふもの新しうして、かみは半蔀四五間ばかりあげ渡してすだれなどもいと白う凉しげなるに、をかしき額つきのすきかげあまた見えてのぞく。立ちさまよふらむしもつかた思ひやるに、あながちにたけ高き心地ぞする。いかなる者の集へるならむと、やうかはりておぼさる。御車もいたうやつし給へり。さきもおはせ給はず。誰れとか知らむ」とうち解け給ひて少しさし覗き給へれば、門は蔀のやうなるを押しあげたる見いれの程なく物はかなき住まひを、哀にいづこかさしてとおもほしなせば、玉のうてなも同じことなり。きりかけだつものにいと靑やかなるかづらの心地よげにはひかゝれるに白き花ぞおのれひとりゑみの眉ひらけたる。「をちかた人に物まうす」とひとりごち給ふを、みずゐじんつい居て「かの白くさけるをなむ夕顏と申し侍る。花の名は人めきて、かうあやしき垣根になむ咲き侍りける」と申す。げにいと小家がちにむつかしげなるわたりのこのもかの