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へるさまあく世なくめでたし。白き赤きなどけちえんなるひらは、筆とりなほし用意し給へるさまさへ見しらむ人はげにめでぬべき御有樣なり。兵部卿宮渡り給ふと聞ゆれば、おどろきて御直衣奉り御しとねまゐり添へさせ給ひて、やがて待ちとり入れ奉り給ふ。この宮もいと淸げにてみはしさまよく步みのぼり給ふほど、うちにも人々のぞきて見奉る。うちかしこまりて、かたみに麗はしだち給へるもいと淸らなり。「つれづれに籠り侍るも苦しきまで思う給へらるゝ頃ののどけきに折よく渡らせ給へる」と喜び聞え給ふ。かの御草子もたせて渡り給へるなりけり。やがて御覽ずればすぐれてしもあらぬ御手をたゞかたかどにいといたう筆すみたる氣色ありて書きなし給へり。歌もことさらめきそばみたるふる事どもをえりて唯三ぐたりばかりに文字ずくなに好ましくぞかき給へる。おとゞ御覽じおどろきぬ。「かうまでは思ひ給へずこそありつれ。更に筆なげ捨つべしや」とねたがり給ふ。「かゝる御中におもなくくだす筆の程、さりともとなむ思う給ふる」など戯ぶれ給ふ。書き給へる草子どもゝ隱し給ふべきならねばとうで給ひてかたみに御覽ず。唐の紙のいとすくみたるにさうにかき給へるすぐれてめでたしと見給ふに、こまの紙の肌こまかになごうなつかしきが、色などは華やかならでなまめきたるにおほどかなる女手の麗はしう心留めて書き給へる、譬ふべきかたなし。見給ふ人の淚さへ水莖に流れそふ心ちして飽く世あるまじきに、又こゝのかんやのしきしの色あひ華やかなるに亂れたるさうの歌を筆に任せて亂れかき給へるさま見所かぎりなし。しどろもどろに愛ぎやうづき見まほしければ更にのこりどもに目も見やり