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曹子にぞおはしける。それよりとて取り入れたれば、しぶしぶに見給ふ。

 「深山木にはねうちかはしゐる鳥のまたなくねたき春にもあるかな。囀る聲も耳とゞめられてなむ」とあり。いとほしうおもて赤みて聞えむ方なく思ひ居給へるに、上わたらせ給ふ。月のあかきに御かたちはいふよしなく淸らにて、唯かのおとゞの御けはひに違ふ所なくおはします。かゝる人は又もおはしましけりと見奉り給ふ。かの御心ばへはあさからぬもうたて物思ひ加はりしを、これはなどかはさしも覺えさせ給はむ、いとなつかしげに思ひし事の違ひたる恨をの給はするにおもておかむ方なくぞ覺え給ふや。顏をもてかくして御いらへも聞え給はねば、「あやしうおぼつかなきわざかな。よろこびなども思ひしり給ふらむと思ふ事あるを、聞き入れ給はぬさまにのみあるはかゝる御くせなりけり」との給はせて、

 「などてかくはひあひがたき紫を心に深く思ひそめけむ。こくなりはつまじきにや」と仰せらるゝさまいと若く淸らにはづかしきを、違ひ給へる所やはあると思ひ慰めて聞え給ふ。宮仕のらうもなくて今年加階したまへる心にや、

 「いかならむ色ともしらぬ紫を心してこそ人はそめけれ。今よりなむ思うたまへしるべき」と聞え給へば、うちゑみて「その今よりそめ給はむこそかひなかべいことなれ、憂ふべき人あらばことわり聞かまほしくなむ」といたう恨みさせ給ふ。御氣色のまめやかに煩はしければいとうたてもあるかなと覺えて、をかしきさまをも見え奉らじ、むつかしき世の癖なりけりと思ふにまめだちて侍ひ給へばえ思すさまなる亂れごともうち出でさせ給はでやうや