Page:Kokubun taikan 01.pdf/555

このページは校正済みです

ず。「何かたゞ時にうつる心の今始めて變り給ふにもあらず、年頃思ひうかれ給ふさま聞き渡りても久しくなりぬるを、いづくを又思ひ直るべき折とかまたむ。いとゞひがひがしきさまをのみこそ見えはて給はめ」と諫め申し給ふことわりなり。「いと若々しき心地もし侍るかな。思ほし捨つまじき人々も侍ればと、のどかに思ひ侍りける心の怠をかへすがへす聞えてもやる方なし。今は唯なだらかに御覽じ許して罪さり所なう世人にもことわらせてこそ、かやうにももてない給はめ」など聞え煩ひておはす。姬君をだに見奉らむと聞え給へれど出し奉るべくもあらず。男君達十なるは殿上し給ふいとうつくし。人にほめられて、かたちなど用意あらねどいとらうらうしう物の心やうやうしり給へり。次の君は八つばかりにていとらうたげに姬君にも覺えたればかきなでつゝ、「あごをこそは戀しき御かたみにも見るべかめれ」などうち泣きて語らひ給ふ。宮にも御氣色給はらせ給へど、「風おこりてためらひ侍る程にて」とあればはしたなくて出で給ひぬ。この君達をば車に乘せてかたらひおはす。六條殿にはえゐておはせねば、殿にとゞめて「猶こゝにあれ、來て見むにも心安かるべく」との給ふ。うちながめていと心細げに見送りたるさまなどもいと哀なるに、物思ひ加はりぬる心地すれど、女君の御さまの見るかひありてめでたきに、ひがひがしき御樣を思ひ比ぶるにもこよなくて萬を慰め給ふ。打ち絕えて音づれもせず、はしたなかりしにことつけがほなるを宮にはいみじうめざましがり歎き給ふ。春のうへも聞き給ひて「こゝにさへ恨みらるゝゆゑになるが苦しきこと」と歎き給ふを、おとゞの君いとほしとおぼして「かたきことなり、お