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世のめいぼくにて止みぬべきなめり」とのたまふに、いよいよ腹立ちてまがまがしきことなどを言ひちらし給ふ。この大北の方ぞさがなものなりける。大將の君、かく渡り給ひにけるを聞きて、怪しう若々しきなからひのやうにふすべ顏にてものし給ひけるかな、さうじみはしかひきゝりにきはきはしき心もなきものを宮のかくかるがるしうおはすると思ひて、君だちもあり人めもいとほしきに思ひ亂れて、かんの君に、「かく怪しきことなむ侍るなる。なかなか心やすくは思ひ給へなせと、さて片すみにかくろへてもありぬべき人の心安さを、おだしう思ひ給へつるに、俄にかの宮の物し給ふならむ人の聞き見る事もなさけなきを打ちほのめきて參りきなむ」とて出で給ふ。よきうへの御ぞ、柳の下襲、靑にびの綺の指貫着給ひて引きつくろひ給へるいとものものし。などかは似げなからむと人々は見奉るを、かんの君はかゝる事どもを聞き給ふにつけても、身の心づきなうおぼし知らるれば見もやり給はず。宮にうらみ聞えむとてまうで給ふまゝに、まづ殿におはしたればもくの君など出できてありしさま語りきこゆ。姬君の御有樣聞き給ひて、をゝしく念じ給へどほろほろとこぼるゝ御氣色いと哀なり。「さても世の人に似ず怪しき事どもを見すぐすこゝら年頃の志を見しり給はずもありけるかな。いと思ひの儘ならむ人は今までも立ちとまるべくやある。よしかのさうじみはとてもかくてもいたづら人と見え給へば同じことなり。をさなき人々もいかやうにもてなし給はむとすらむ」と打ち歎きつゝかのまき柱を見給ふに、御手もをさなけれど心ばへの哀に戀しきまゝに、道すがら淚おしのごひつゝまうで給へれば對面し給ふべくもあら