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めやすくもしなし給はず、世に怪しううちあはぬさまにのみむつかり給ふを、鮮かなる御直衣などもえとりあへ給はでいと見ぐるし。よべのは燒けとほりて疎ましげに焦れたる匂ひなどもことやうなり。御ぞどもに移り香もしみたり。ふすべられける程あらはに、人もうんじ給ひぬべければぬぎかへて、御湯殿などいとうつくろひ給ふ。木工の君御たきものしつゝきこゆ。

 「ひとり居てこがるゝ胸の苦しさに思ひあまれるほのほとぞ見し。名殘なき御もてなしは、見奉る人だにたゞにやは」と口おほひて居たる、まみいといたし。されどいかなる心にてかやうの人に物をいひけむなどのみぞ覺え給ひける。なさけなきことよ。

 「うきことを思ひさわげばさまざまにくゆる煙ぞいとゞ立ちそふ。いとことの外なる事どもの、もし聞えあらばちうげんになりぬべき身なめり」とうち歎きて出で給ひぬ。一夜ばかりの隔てだに又珍しうをかしさまさりて覺え給ふ有樣にいとゞ心をわくべくもあらず覺えて、心うければ久しう籠り居給へり。修法などし騷げど御ものゝけこちたくおこりてのゝしるを聞き給へば、あるまじききずもつきはぢがましき事必ずありなむと恐しうてよりつき給はず。殿に渡り給ふ時もこと方に離れ居給ひて、君達ばかりをぞ呼びはなちて見奉り給ふ。女ひと所十二三ばかりにてまたつぎつぎ男二人なむおはしける。近き年頃となりては御中もへだゝりがちにて習はし給へれどやんごとなう立ちならぶ方なくてならひ給へれば、今は限りと見給ふに侍ふ人々もいみじう悲しと思ふ。父宮聞き給ひて「今はしかかけはなれ