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みすべくもあらず。あさましけれど例の御ものゝけの人に疎ませむとするわざとおまへなる人々もいとほしう見奉る。立ち騷ぎて御ぞども奉りかへなどすれどそこらの灰の御びんのわたりにも立ちのぼり萬の所に滿ちたる心地すれば、淸らを盡し給ふわたりにさながらまうで給ふべきにもあらず。心たがひとはいひながら猶珍しう見しらぬ人の御有樣なりやとつまはじきせられ疎ましうなりて哀と思ひつる心も殘らねど、この頃あらだてゝはいみじき事出て來なむとおぼししづめて、夜中になりぬれどそうなど召して加持まゐりさわぐ。よばひのゝしり給ふ聲など思ひうとみ給はむにことわりなり。夜一夜うたれひかれ泣き惑ひ明し給ひて少しうち休み給へる程に、かしこへ御文奉れ給ふ。「よべにはかに消えいる人の侍りしにより、雪のけしきもふり出でがたくやすらひ侍りしに、身さへひえてなむ。御心をばさるものにて、人いかにとりなし侍りけむ」ときすくに書き給へり。

 「心さへそらにみだれし雪もよにひとりさえつるかたしきの袖。堪へがたくこそ」としろきうすえふにづしやかに書い給へれど殊にをかしき所もなし。手はいと淸げなり。ざえかしこくなどぞ物し給ひける。かんの君よがれを何ともおぼされぬに、かく心時めきし給へるを見も入れ給はねば御かへりなし。をとこ胸つぶれて思ひくらし給ふ。北の方は猶いと苦しげにし給へば御ず法など始めさせ給ふ。心のうちにも「この頃ばかりだにことなくうつし心にあらせ給へ」と念じ給ふ。まことの心ばへの哀なるを見しらずは、かうまで思ひ過ぐすべうもなきけうとさかなと思ひゐ給へり。暮るれば例の急ぎ出で給ひて御さう束の事なども