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うそこども聞えかはし給ひける氣色を傳へ聞き給ひてなむ、このおとゞの君の御心を哀に辱くありがたしとは思ひ聞え給ひける。かう忍び給ふ御なからひのことなれど、おのづから人のをかしきことに語り傅へつゝつぎつぎに聞き洩しつゝありがたき世がたりにぞさゝめきける。うちにも聞しめしてけり。「口惜しう宿世殊なりける人なれど、さおぼしゝほいもあるを宮仕などかけかけしきすぢならばこそ思ひ絕え給はめ」などのたまはせけり。霜月になりぬ。神わざなどしげく內待所にも事多かる頃にて女官ども內侍ども參りつゝ今めかしう人騷がしきに、大將殿晝もいとかくろへたるさまにもてなして籠り坐するをいと心づきなくかんの君はおぼしけり。宮などはまいていみじう口惜しとおぼす。兵衞の督は妹の北の方の御事をさへ人わらへに思ひ歎きてとりかさね物おもほしけれど、をこがましう恨みよりても今はかひなしと思ひかへす。大將は名に立てるまめ人の、年頃いさゝか亂れたるふるまひなくて過ぐし給へる名殘なく、心ゆきてあらざりしさまに好ましう宵あかつきのうち忍び給へる出入も艷にしなし給へるををかしと人々見奉る。女はわらゝかににぎはゝしくもてなし給ふ本性ももてかくしていといたう思ひむすぼゝれ、心もてあらぬさまはしるきことなれど、おとゞのおぼすらむ事宮の御心ざまの心深うなさけなさけしうおはせしなどを思ひ出で給ふに、耻しう口惜しうのみおもほすに物心つきなき御氣色絕えず。殿もいとほしう、人々も思ひ疑ひけるすぢを心淸くあらはし給ひて、我が心ながらうちつけにねぢけたる事は好まずかしと、昔よりの事もおぼし出でゝ紫の上にも「おぼし疑ひたりしよ」などきこ