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  數ならばいとひもせまし長月に命をかくる程ぞはかなき。月たゝば」とあるさだめをいと能く聞き給ふなめり。兵部卿の宮は「いふかひなき世は聞えむかたなきを、

  朝日さす光を見ても玉笹の葉分の霜をけたずもあらなむ。覺しだにしらば慰む方もありぬべくなむ」とていとかしけたる下をれの、霜もおとさずもて參れる御使さへぞうちあひたるや。式部卿の宮の左兵衞督は殿の上の御はらからぞかし。親しく參りなどし給ふ君なれば、おのづからいとよく物のあないも聞きていみじくぞ思ひ侘びける。いと多く恨み續けて

 「忘れなむと思ふも物の悲しきをいかさまにしていかさまにせむ」。紙の色墨つきしめたるにほひもさまざまなるを、人々も皆「おぼし絕えぬべかめるこそさうざうしけれ」などいふ。宮の御かへりをぞいかゞおぼすらむ。たゞいさゝかにて、

 「心もて日かげにむかふあふひだに朝おく霜をおのれやはけつ」とほのかなるをいとめづらしと見給ふに、みづからは哀を知りぬべき御けしきにかけ給へれば、露ばかりなれどいとうれしかりけり。かやうに何となけれどさまざまなる人々の御わびこともおほかり。女の御心ばへに、この君をなむほんにすべきとおとゞたち定め聞え給ひけり。


眞木柱

「內に聞しめさむこともかしこし。暫し人にあまねく漏さじ」と諫め聞え給へどさしもえつ