Page:Kokubun taikan 01.pdf/531

このページは校正済みです

やうあらざらまし。今にても申文を取り綴りて、びゞしう書き出だされよ。長歌などの心ばへあらむを御覽ぜむには捨てさせ給はじ。上はその內に情捨てずおはしませば」などいと善うすかし給ふ。人のおやげなくかたはなりや。「大和歌はあやしくも續け侍りなむ。むねむねしき方の事はた殿より申させ給はゞ、つまごゑのやうにて御德をも蒙り侍らむ」とて、手をおし摺りて聞え居給へり。御几帳の後などにて聞く女房死ぬべく覺ゆ。物笑ひに堪へぬはすべり出でゝなむ慰めける。女御も御おもて赤みてわりなう見苦しと覺したり。殿も「物むづかしき折はあふみの君見るこそ萬紛るれ」とて唯笑ひぐさにつくり給へど世の人は「耻ぢがてらはしたなめ給ふ」などさまざま言ひけり。


藤袴

內のかみの御宮仕の事を、誰も誰もそゝのかし給ふもいかならむ、親と思ひ聞ゆる人の御心だにうちとくまじき世なりければ、况してさやうの交らひにつけて心より外にびんなき事もあらば、中宮も女御も方々につけて心おき給はゞ、はしたなからむに、わが身は斯くはかなきさまにていづ方にも深く思ひ留められ奉る程もなく、淺き覺えにて啻ならず思ひ言ひ、いかで人笑へなるさまに見聞きなさむとうけび給ふ人々も多く、とかくにつけて安からぬ事のみありぬべきを、物覺し知るまじき程にしあらねばさまざまに思ほし亂れ、人知れず物