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ゝ折に添へても、まづなむと思ひ給へ出でらるゝ」とのたまふ序に、かのいにしへの雨夜の物語に色々なりし御睦言の定めを覺し出でゝ泣きみ笑ひみ皆うち亂れ給ひぬ。夜いたう更けて、おのおのあがれ給ふ。「斯く參り來合ひて更に久しくなりぬる世のふる事思ひ給へ出でられて戀しき事の忍び難きに立ち出でむ心地もし侍らず」とて、をさをさ心弱くおはしまさぬ六條殿もゑひなきにや打ちしほたれ給ふ。宮はた况いて姬君の御事を覺し出づるに、在りしに優る御有樣いきほひを見奉り給ふに飽かず悲しくとゞめ難くしほしほと泣き給ふ。あまごろもはげに心ことなりけり。斯かる序なれど中將の御事をばうち出で給はずなりぬ。一ふし用意なしと覺しおきてければ口入れむ事も人わろく覺しとゞめ、かのおとゞはた人の御氣色なきにさし過ぐし難くてさすがに結ぼゝれたる心地し給ひけり。「今夜も御供に侍ふべきをうちつけに騷がしくもやとてなむ。今日の畏まりは殊更になむ參るべく侍る」と申し給へば、「さらばこの御惱みも宜しう見え給ふを、必ず聞えし日違へさせ給はず渡り給ふべき」よし聞え契り給ふ。御氣色どもようておのおの出で給ふ。響いといかめし。きみ達の御供の人々も何事ありつるならむ、珍しき御對面にいと御氣色よげなりつるは、又いかなる御讓りあるべきにかなどひが心得をしつゝ、斯かる筋とは思ひ寄らざりけり。おとゞうちつけにいと訝かしう心もと無う覺え給へど、ふとしかうけとり親がらむもびんなからむ、尋ね得給へらむ始を思ふに、定めて心淸う見放ち給はじ、やんごとなき方々を憚りてうけばりてそのきはにはもてなさず、さすがに煩はしう物の聞えを思ひて斯く明し給ふなめりと覺すは口