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かうじや添はまし」と申し給ふに「勘當はこなたざまになむかうしと思ふ事多く侍る」など氣色ばみ給ふに、この事にやと覺せば煩はしうて畏まりたるさまにて物し給ふ。「昔よりおほやけ私の事につけて心の隔てなく大小の事聞え承はり羽根を雙ぶるやうにて、おほやけの御後見をも仕うまつらむとなむ思う給へしを、末の世となりてそのかみ思ひ給へしほいなきやうなる事うちまじり侍れど內々の私ごとにこそは大方の志は更に移ろふ事なくなむ何ともなくて積り侍る。年よはひに添へていにしへの事なむ戀しかりけるを、對面給はる事もいと稀にのみ侍れば、事限ありて世だけき御振舞とは思ひ給へながら、親しき程にはその御いきほひをも引き靜め給ひてこそはとぶらひ物し給はめとなむ恨めしき折々侍る」と聞え給へば「いにしへはげに面馴れてあやしくたいだいしきまで馴れ侍ひ心に隔つる事なく御覽ぜられしを、おほやけに仕うまつりしきはは羽根を雙べたる數に嬉しき御顧みをこそ。はかばかしからぬ身にてかゝる位に及び侍りておほやけに仕うまつり侍る事に添へても思ひ給へ知らぬには侍らぬを、齡の積りには、げにおのづからうちゆるぶ事のみなむ多く侍りける」など畏まり申し給ふ。その序にほのめかし出で給ひにけり。おとゞ「いと哀に珍らかなる事にも侍りけるかな」とまづうち泣き給ひて、「そのかみよりいかになりにけむと尋ね思ひ給へしさまは何の序にか侍りけむ、愁に堪へず漏し聞し召させし心地なむし侍る。今少し人數にもなり侍るに付けては、はかばかしからぬものどもの方々につけてさまよひ侍るをかたくなしく見苦しと見侍るにつけても、又さるさまにて數々に連ねては哀に思ひ給へらる