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れたるや。兵部卿の宮もおはす。右大將のさばかりおもりかに由めくも今日のよそひいとなまめきてやなぐひなど負ひて仕うまつり給へり。色黑く髭がちに見えていと心づきなし。いかでかは女の繕ひ立てたる顏の色あひには似たらむ。いとわりなきことを若き御心地には見おとし給ひてけり。おとゞの君の覺しよりての給ふ事をいかゞはあらむ、宮仕は心にもあらで見苦しき有樣にやと思ひ包み給ふを、馴々しき筋などをばもて離れて大方に仕うまつり御覽ぜられむはをかしうも有りなむかしとぞ思ひ寄り給ひける。斯くて野におはしまし着きて御輿とゞめ上達部のひらばりにもの參り御さうぞくどもなほし、狩の御よそひなどに改め給ふ程に、六條院より御みき御くだものなど奉らせ給へり。今日は仕うまつらせ給ふべくかねては御氣色ありけれど、御物忌の由を奏せさせ給へるなりけり。藏人の左衞門の尉を御使にて雉子一枝奉らせ給ふ。仰言には何とかや。さやうの折の事まねぶに煩はしくなむ。

 「雪深き小鹽の山に立つ雉の古き跡をも今日は尋ねよ」。太政大臣の、かゝる野の行幸に仕うまつり給へるためしなどやありけむ。大臣御使を畏まりもてなさせ給ふ。

 「をしほ山みゆき積れる松原に今日ばかりなる跡やなからむ」とその頃ほひ聞きしことのそばそば思ひ出でらるゝは僻事にやあらむ。またの日おとゞ西の對に「昨日うへは見奉らせ給ひきや。かのことは覺し靡きぬらむや」と聞え給へり。白き色紙にいと打ちとけたる文こまやかに氣色ばみてもあらぬがをかしきを見給ひて、「あいなのことや」と笑ひ給ふものから、よくも推し量らせ給ふものかなとおぼす。御返りに「昨日は