Page:Kokubun taikan 01.pdf/515

このページは校正済みです

給ふ。桂川のもとまで物見車ひまなし。行幸といへど必ず斯うしもあらぬを今日はみこ達上達部も皆心ことに御馬鞍を整へ隨身うまぞひのかたちたけだちさうぞくを飾り給ひつゝ珍らかにをかし。左右の大臣、內大臣、納言よりしもはた况して殘らず仕うまつり給へり。靑色の上のきぬ、えび染の下襲を殿上人五位六位まで着たり。雪唯聊か打ち散りて道の空さへ艷なるに、みこ達上達部など鷹にかゝづらひ給へるは珍しきかりの御よそひどもを設け給ふ。そゑの鷹飼どもは况して世に目なれぬ摺ごろもを亂れ着つゝ氣色ことなり。珍しうをかしきことにきほひ出でつゝその人ともなく幽かなるあし弱き車など輪を押しひしがれ哀げなるもあり。浮橋のもとなどにも好ましう立ちさまよふ善き車多かり。西の對の姬君も立ち出で給へり。そこばくいどみ盡し給へる人の御かたちありさまを見給ふに、帝の赤色の御ぞ奉りて麗しう動きなき御かたはら目になずらひ聞ゆべき人なし。我が父おとゞを人知れず目をつけ奉り給へれど、きらきらしう物淸げに、盛には物し給へれど限ありかし。いと人にすぐれたるたゞ人と見えて御輿の內より外に目移るべくもあらず。况してかたちありや、をかしやなど若きご達の消え返り心移す。中少將何くれの殿上人やうの人は何にもあらず消え渡れるは更にたぐひなうおはしますなりけり。源氏のおとゞの御顏ざまはことものとも見え給はぬを思ひなしの今少しいつくしう辱くめでたきなり。さば斯かるたぐひはおはし難かりけり。あてなる人は皆もの淸げにけはひ殊なべい物とのみ、おとゞ中將などの御匂に目馴れ給へるを、出でぎえどものかたはなるにやあらむ、同じ目鼻とも見えず、口惜しくぞおさ