Page:Kokubun taikan 01.pdf/514

このページは校正済みです

給へるにおほとなぶらなどまゐりてのどやかに御物語聞え給ふ。「姬君を久しく見奉らぬがあさましきこと」とてたゞ泣きに泣き給ふ。「今このごろの程に參らせむ。心づから物思はしげにて口惜しく衰へてなむ侍るめる。をんなごこそよくいはゞもち侍るまじきものなりけれ。とあるにつけても心のみなむ盡され侍りける」など猶心解けず思ひおきたる氣色にてのたまへば、心憂くてせちにも聞え給はず。そのついでにも「いとふでうなるむすめまうけ侍りて、もて煩ひ侍りぬ」とうれへ聞え給ひて笑ひ給ふ。宮「いであなあやし、むすめといふ名はして、さがなかるやうやある」とのたまへば「それなむ見苦しきことになむ侍る。いかで御覽ぜさせむ」と聞え給ふとや。


行幸

かく覺し至らぬ事なくいかで善からむことはと覺し扱ひ給へど、この音無の瀧こそうたていとほしく南の上の御おしはかりごとに適ひてかるがるしかるべき御名なれ、かのおとゞ何事に付けてもきはきはしく、少しも片はなるさまの事を覺し忍ばずなど物し給ふ御心ざまを、さて思ひぐまなくけざやかなる御もてなしなどの有らむにつけてはをこがましうもやなど覺しかへさふ。そのしはすに大原野の行幸とて世に殘る人なく見騷ぐを六條院よりも御方々引き出でつゝ見給ふ。卯の時に出で給ひて、すざくより五條の大路を西ざまに折れ