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く打ちたるなどひきちらし給へり。「中將の下襲か、御前の壺前栽の宴もとまりぬらむかし。かく吹き散らしてむには何事かせられむ。すさまじかるべき秋なめり」などのたまひて、何にかあらむ樣々なるものゝ色どものいと淸らなれば、かやうなる方は南の上にも劣らずかしとおぼす。御直衣けもんれうをこの頃摘み出したる花してはかなう染め出で給へるいとあらまほしき色したり。「中將にこそかやうにては着せ給はめ。若き人のにてめやすかめり」などやうの事を聞え給ひて渡り給ひぬ。むづかしき方々めぐり給ふ御供にありきて中將はなま心やましく書かまほしき文など日たけぬるを思ひつゝ姬君の御方に參り給へり。「まだあなたになむおはします。風におぢさせ給ひて今朝はえ起きあがり給はざりつる」と御めのとぞ聞ゆる。「もの騷しげなりしかば宿直も仕うまつらむと思ひ給へしを、宮のいと心苦しうおぼいたりしかばなむ。ひゝなの殿はいかゞおはすらむ」と問ひ給へば、人々笑ひて「扇の風だにまゐればいみじきことにおぼいたるを、ほとほとしくこそ吹き亂り侍りにしか。この御殿あつかひに、わびにて侍り」などかたる。「ことごとしからぬ紙や侍る。御つぼねの硯」と乞ひ給へば、み厨子によりて紙ひとまき御硯の蓋に取りおとして奉れば「いな、これはかたはらいたし」とのたまへど、北のおとゞのおぼえを思ふに少しなのめなる心地して書きたまふ。紫の薄やうなりけり。墨、心とゞめておしすり筆のさきうちみつゝこまやかに書きやすらひ給へるさまいとよし。されどあやしく定りてにくき御口つきこそものし給へ。

 「風さわぎむら雲まよふ夕にもわするゝまなくわすられぬきみ」吹き亂りたる苅萱につ