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た見ゆ。打ち解けたるはいかゞあらむ、さやかならぬ明けぐれのほどいろいろなる姿はいづれとなくをかし。わらはべおろさせ給ひて蟲のこどもに露かはせ給ふなりけり。紫苑瞿麥の濃き薄き衵どもに女郞花のかざみなどやうの時に逢ひたるさまにて四五人ばかりつれてこゝかしこの草むらによりていろいろのこどもをもてさまよひ、瞿麥などのいと哀げなる枝ども取りもて參る霧のまよひはいと艷にぞ見えける。吹きくる追風はしをにことごとに匂ふ空も、香のかをりもふればひ給へる御けはひにやといと思ひやりめでたく、心げさうせられて立ち出でにくけれど、忍びやかにうちおとなひて步み出で給へるに、人々けざやかに驚き顏にはあらねど皆すべり入りぬ。御まゐりのほどなどわらはにて入り立ち馴れ聞え給へれば、女房などもいとけうとくはあらず。御せうそこ啓せさせ給ひて、宰相の君內侍などのけはひすれば私事も忍びやかに語らひ給ふ。これはたさいへど氣髙く住みたるけはひありさまを見るにもさまざま物思ひ出でらる。南のおとゞにはみ格子まゐり渡してよべ見捨て難かりし花どもの、行くへも知らぬやうにて萎れ伏したるを見給ひけり。中將みはしに居給ひて御かへり聞え給ふ。「荒き風をもふせがせ給ふべくやと若々しく心ぼそく覺え侍るを、今なむ慰み侍りぬる」と聞え給へれば、「怪しくあえかにおはする宮なり。女どちは物恐しくおぼしぬべかりつる夜のさまなれば、げにおろかなりともおぼいつらむ」とてやがて參り給ふ。御直衣など奉るとて御簾ひきあげて入り給ふに、短き御几帳ひきよせてはつかに見ゆる御袖口は、さにこそあらめと思ふに胸つぶつぶとなる心地するもうたてあればほかざまに